アニメ化作品が放送されるたびに、「原作の方が良かった」「作画が崩壊している」「こんなのアニメ化失敗だ」といった激しい言葉がレビュー欄やSNSに飛び交うことがあります。
作品を愛しているからこその熱量なのかもしれませんが、あまりに殺伐とした意見を目にすると、純粋にアニメを楽しみにしていたファンとしては少し寂しい気持ちになってしまいますよね。
今回は、いちアニメ・ラノベファンとしての立場から、「アニメと原作それぞれの楽しみ方」や「ネット上の過激なレビューに対する向き合い方」について、管理人の本音を少しだけ語ってみたいと思います。
アニメと原作、それぞれの楽しみ方
どんな作品であっても、「原作の方が良かった」「キャラの顔が違う」「絵コンテから見直せ」という声を耳にすることがあります。私はそれを聞くと少し寂しい気持ちになります。それが本当に作品への愛なのか、少し疑問に思ってしまうからです。
もちろん、原作に対する強いこだわりや思い入れがあるのは痛いほど分かります。文字から想像した世界、キャラから想像して脳内再生した声、漫画のコマ割りで感動した演出が、アニメで少し違った形で表現されると違和感を覚えることもあるでしょう。
でも、せっかく多くのクリエイターが時間と情熱をかけて作った映像化を、「狭い物差し」だけで切り捨ててしまうのは、あまりにももったいないと感じるのです。原作には原作の、アニメにはアニメ(声優の演技、音楽、色彩、動き)ならではの魅力が必ず存在します。
レビュー欄の「熱量」を、もっとポジティブに
新着アニメのレビュー欄や配信サイトのコメントを覗くと、時折その殺伐とした雰囲気に萎えてしまうことがあります。確かにストーリーの尺調整や作画のクオリティに課題がある時もありますが、なぜそこまで純粋な「怒り」のエネルギーをぶつけてしまうのでしょうか。
純粋に放送を楽しみに待っていた視聴者にとって、荒れたレビュー欄を目にするのは本当に悲しいことです。
自分の目で見てみることの大切さ
ネットで激しく叩かれている作品であっても、実際に自分の目で見てみると「えっ、全然面白いじゃん!」「言われているほど酷くない」と感じるケースは多々あります。
どんな作品であれ、大勢のスタッフが関わって形になったひとつの作品です。みんなでもっと「良いところ」を見つけて共有し合った方が、視聴体験としても何倍も豊かになると思いませんか?私はそう思っています。
「万人に完璧」な作品は存在しない
人それぞれ好みも、大切にしている尺度も全く違います。視聴者としての人生経験や好み、性癖、期待値がレビューに反映されるのは当然ですが、万人の好みのど真ん中に100%的中する作品なんて、世界中どこを探しても存在しません。
作者の方や制作陣にも様々な事情や制約があるはずです。その中で私は、基本的に「肯定的な目線」で作品を楽しめるファンでありたいと思っています。自分が惹かれた世界観やキャラクターなら、なおさらです。
最近の、まるで重箱の隅をつつくように欠点ばかりを探してアニメ化作品を叩く風潮は、いちファンとしてやはり少し寂しさを感じてしまいます。
作品への敬意を忘れないファンでありたい
例えば数年前、『「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』の発表時にも、肯定的な意見が圧倒的に多い一方で、特定の演出に対する批判や、制作会社・マーケティングに対する過激な意見が一部で飛び交っていました。
また、とある動画配信サービスで『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』のレビュー欄を見たときのことです。驚くべきことに、以下のような辛辣な言葉が並んでいました。
- 「ショタ気持ち悪い」
- 「女の子に見えるけど男なの?まじで気持ち悪い」
- 「メイドの性癖気持ち悪すぎる、ショタコンかよ、配信停止にしてくれ」
アニメ本編を視聴する前から、このような攻撃的なレビューが目に入ってしまうのです。可愛くて魅力的な作画・演出のどこが悪いのかと、思わず頭を抱えてしまいました。
批判はエンタメ要素があるが、限度がある
ネット社会において、何かを批判したり論破したりすること自体が一種のエンタメになっている側面は否めません。しかし、周囲を巻き込んで喧嘩を始めるような行き過ぎた否定は、作品そのものの価値を曇らせてしまいます。
ネット上で極端に辛口なレビューを連発している方を見ていると、時折こんな傾向を感じることがあります。
- ちょっと知識がある玄人風を装ってしまう
- 業界を少しだけかじった経験から上から目線になってしまう
- 趣味で動画編集やクリエイティブを触ったことで批評家目線になる
- 「生成AIを使えば自分の方が良いものを作れる」と語ってしまう
- 毎シーズン全アニメを1話切りしていることをステータスにしてしまう
- 「自分の好みが世界の絶対ルール」だと錯覚してしまう
もちろん、制作への高いリスペクトを持った上で的確な技術批評をされる素晴らしい方もたくさんいます。しかし、自分の物差しだけで作品を一方的に断罪し、他人の「好き」という感情を否定してしまうのはとても悲しいことです。
もちろん、期待していた方向とは違ったりすると最初から「叩こう」と思っていなかったとしても「叩く側」に回ることもとても多い。批判がダメと言っているわけではなく、それは「あなたのお気持ち」であり、すべての人が同じ思いではないということです。
まとめ:自分が楽しいと思えば、世界はもっと面白くなる
私自身も含めて、自分の狭い物差しだけで作品を決めつけ、周囲の熱量を奪ってしまうような「勘違いしたファン」にならないよう、常に気をつけていきたいと強く思っています。
せっかくの素晴らしいエンターテインメントです。粗探しをしてイライラするよりも、「ここが格好良かった!」「このシーンの演出が最高だった!」と、みんなでポジティブに盛り上がった方が、アニメを見ている時間そのものが何倍も幸せになります。
人間の感情は複雑ですが、楽しいと思えば楽しさは上がるし、つまらないと思えばつまらなくなってしまうんです。近年AIが一般的になり、誰もが使うツールとして、会話をすることが多くなりました。ずっとAIに対して「この作品はダメだ」のような否定的な言及をしていくと、回答もそちらに寄っていく。似ていますよね。結局バイアスなんだと思います。
管理人ちこりぃぬの結論
「自分が楽しいと思えば、さらに楽しく見れる。」
これ、実は日本人の9割が知らない裏技です。
これからも作品への愛と敬意を忘れず、皆さんと一緒に楽しいアニメライフを共有していけたら嬉しいです!